研究プロジェクト紹介

研究プロジェクト紹介

2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し 極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現「台風下の海表面での運動量・熱流束の予測と制御」

JST  ムーンショット型研究開発事業

研究者名:
工学研究科   准教授   高垣   直尚

研究内容:
現在の地球は温暖化が進み、台風や豪雨などの極端気象が激甚化しその頻度も増加しています。このような気 象災害を抑制し安心安全な社会を実現するために、多様な観点からの防災や減災が重要です。このような中、内 閣府は未来社会を展望し、実現すれば大きなインパクトが期待され人々を魅了する複数の野心的なムーンショッ ト目標を策定しており、ムーンショット目標8「2050年までに,激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水 害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」もその一つです。私達の研究グループは、ムーンショット目標 8の一員として、台風や豪雨の高精度予測と能動的な操作を行うことで極端風水害の脅威から解放された安心安 全な社会を実現するために研究を行っています。

 台風は暖かな海上にて形成され発達していきます。台風が海上に存在する時、海洋は激しく波立ち荒れた海模様になります。このとき、 海面上には風由来のせん断力により風波が発 生します。海洋と大気の間(気液界面)を通して運動量が輸送されることで風波は発達し、気 流と風波との相互作用により,風波乱流場が形成されます。また、海洋の熱は大気に移動し、 その熱エネルギが台風を発達させることになります(図1)。

図1:台風の断面模式図

 そのため、台風の動きや強度を予測するには、台風の発達および減衰に関与する気液界面を通しての運動量と熱の 輸送機構を詳細に解明することが非常に重要となります。しかしながら、現在の台風予測においては比較的低風速での海洋観測結果が使用されており、予測の信頼性は疑問視されています。実際に、2022年に日本に上陸した台風14号(NANMADOL)は予想外の発達を見せ、鹿児島県などに特別警報が発令されるような事態となりました。このような状況のなか、台風制御(弱体化)を達成するためには、自然現象と制御効果を峻別し、十分な精度での台風の強度予測を行うことが期待されています

近年、気液界面に対する風波の影響に関する理解は飛躍的に進展しつつあります。私達を含む日本・ロシア・アメリカの国際研究グループは、台風のような高風速下での気液界面での運動量が、風速30 m/s 以下の風速域における風速依存性(図2の破線)とは全く異なることを明らかにしました(Takagaki et al., Geophys. Res. Lett., 2012, 2016)。この現象は本分野において輸送係数のレジームシフトと呼ばれています。この輸送係数のレジームシフトに関する知見は従来の台風予測には組み込まれていません。私たちは、このエネルギーの輸送現象の理 解を通して、これまでにない精度の台風予測に繋げたいと考えています。なお、気液界面でのエネルギ輸送 機構を解明することが困難であった原因としては、激しく波立つ洋上にて運動量や熱といった物理的なパラメータを詳細かつ安全に調べることが極めて困難なことや、海洋上の台風は様々の影響を受けており実験的な制御が困難なこと等が挙げられます。

図2:風速 U10と抗力係数 CD(破線:通常風速のモデル,:日本グループの実験値,:ロシアグループの実験値),U10:海上 10 m 高さにおける風速(Takagaki et al., Geophys. Res. Lett., 2012を一部修正)

そこで私たちの研究グループでは、近畿大学と岡山 理科大学と共同して、九州大学・応用力学研究所にあ る日本で唯一の台風シミュレーション水槽(図3)を 使用して、高風速下の運動量と熱の輸送に関する測定 を様々な条件で行っています。その結果、Takagaki et al. (2012)のモデル曲線(図2)に従うような抗力係数の値が測定されました。さらに、海洋研究開発機構との共同により、水槽実験から得られる最新の計算式を、当 該機構が独自開発した MSSG(Multi-Scale Simulator for the Geoenvironment)とスーパーコンピュータ(地球シ ミュレータ)を用いて、全球スケールからローカルスケールまでの計算を行い、台風制御の可能性検証が進んで います。これらの知見を集約し、運動量・熱輸送制御することによる、新しい台風制御の理論を構築しようとし ています。

図3.台風シミュレーション水槽
(上:概観、下、水槽内に発生させた波の様子)

(参考)ムーンショット目標8      
高垣プロジェクトホームページ https://www.eng.u-hyogo.ac.jp/faculty/takagaki/moonshot.html

プロジェクト名:「ラグランジュ粒子ベース雲微物理スキーム開発」

本課題は、研究開発プロジェクト「局地的気象の蓋然性の推定を可能にする気象モデルの開発」(プロジェクトマネージャー   西澤   誠也(理化学研究所   計算科学研究センター))(http://moonshot8-modeldev.riken.jp/)の一課題である。
また、上記プロジェクトはムーンショット型研究開発事業   目標8「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」(プログラムディレクター 三好 建正(理化学研究所 計算科学研究センター))(https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal8/)の一プロジェクトである。

研究者名:情報科学研究科 准教授 島  伸一郎

 

研究内容:(http://moonshot8-modeldev.riken.jp/theme/2-1_shima.html を微修正)
 雲の生成・発達や降雨を再現するには、雲の中で起きている雲粒の運動・状態変化・衝突合体を物理法則に基づいて計算する必要があります。ただし、雲には1m3当たり約1億個の雲粒があります。それら全ての振る舞いを把握するには膨大な量の計算が必要です。将来、どんなに高速の計算機が登場しても計算し切れません。
 そこで、雲粒の動き・状態変化・衝突合体を簡略化して計算する必要があります。従来からの手法としては、 バルク法やビン法が知られています。バルク法では、雲の中を格子に区切り、各格子内の水の総質量や平均粒径など、雲粒集団の統計量だけを計算します。より詳細な手法であるビン法では、縦軸を粒子数、横軸を粒子のサイズなどにしたヒストグラムで格子内の雲粒集団を表現します。つまり、どちらの手法も雲粒を粒子として表現しているわけではないため、粒子の動き・状態変化・衝突合体を正確に計算することが難しいという問題があり ます。(図1左)
 私たちは雲粒を粒として表現して計算する「超水滴法」を2005年に開発しました。超水滴法は、サイズや化学 組成などの性質が同じ多数の水滴を、雲の特定の位置にある1個の「超水滴」として表現します。そして、ほかの超水滴との衝突合体を物理法則に基づいて計算します。(図1右)

 同じようなものが多数ある場合、それを1個に代表させて計算しても、結果はおおむね変わらないと考えられ ます。超水滴法は、実際の雲の中の水滴をそのまま粒子として扱うことにより、従来のバルク法やビン法に比べて、雲の振る舞いを高い精度で再現することができます。
 しかし超水滴法でも、きちんと表現できていないものがありました。上空に行くほど気温が低くなるため、水滴だった雲粒は氷粒になります。水滴の形はほぼ球形なので、サイズの違いで表現できます。しかし、雪の結晶は例えば樹状や針状のものがある一方、霰や雹は丸いなど、大気中の氷粒はさまざまな形をしています。また、氷粒の密度も、隙間が多いものからぎっしり詰まったものまで大きく異なります。従来の超水滴法は水滴を対象としていたため、多様な氷粒を表現することはできず、氷粒を多く含む雲の計算に使うことはできませんでした。積乱雲は高度10kmを超えて発達するため、氷粒を多く含んでいます。氷粒は、形によって落下速度が異なり、 衝突合体の仕方や解け方も違います。そして、大きく重い氷粒ができると降水量が増えます。積乱雲の中で起き ていることを再現して降水量などを導き出すには、多様な氷粒をきちんと表現して計算する必要があります。

私たちは、氷粒の多様な形を多孔性の回転楕円体 の「超粒子」で簡略化することにしました。回転楕円 体を変形させることで氷粒のおおよその形を表現で きます。さらに密度の違いによって、樹状なのか角 板状なのかといった氷粒子の内部構造の違いを表現します。それぞれの氷粒や水滴に含まれるエアロゾル成分の量も考慮します。このようにして、氷粒の運動・成長・衝突合体をも計算できる、改良版の超水滴法を2020年に開発しました。(図2)

図2   改良版の超水滴法のイメージ

 氷粒はどのように衝突合体してきたのかという履歴や、プラスやマイナスの電気を帯びることで、その後の衝突合体の仕方が異なります。今後、氷粒の履歴や帯電など、さらに詳しい特徴も超水滴に加えて いく予定です。そのような氷粒の詳細な特徴を、バルク法やビン法のヒストグラムで表現して計算することは事実上不可能であり、これら従来の計算方法では多様な現実の雲の性質が損なわれてしまいます。改良版の超水滴法で積乱雲を再現したものが図3です。青に小さな氷粒、赤に大きな氷粒である霰や雹、黄に雨粒が含まれています。 ただし、図3のシミュレーションは、計算がしやすい単純化した条件で積乱雲を再現した「理想実験」です。現実には、例えば地表の地形には凹凸があり、都市や森林が広がっていたりしますが、この理想実験では、平らな海面という条件で計算を行っています。

図3   改良版の超水滴法による積乱雲の理想実験

 本プロジェクトでは、改良版の超水滴法を用いた現実的な条件での「現実大気実験」を初めて行います。現実大気実験では理想実験よりも広い領域を長時間にわたり計算します。計算量が増えるため、その分、格子サイズも大きく解像度が粗めになります。特に超水滴法では、計算する領域の外側から超水滴や超粒子が流入してくることを考慮する必要があります。理想実験ではその流入の仕方も単純な周期的条件を設定しましたが、現実大気実験では、現実的な複雑な条件にする必要があります。
 このように理想実験と現実大気実験では条件や設定が大きく異なるため、改良版の超水滴法を導入した場合、どのような積乱雲が再現されるのか未知の部分があります。また、現状の超水滴法では、まだ水滴や氷粒が分裂することを考慮していません。それが積乱雲の降雨量などに影響を与える可能性があります。
 本研究開発課題において、実際の積乱雲の中にある水滴や氷粒の特徴や振る舞いを航空機や気球、新型レーダーで観測したデータと超水滴法の再現結果を比較して違いを確かめ、改良を続けていきます。 そして線状降水帯など風水害をもたらした過去の事例について超水滴法でシミュレーションを行い、従来法よりも超水滴法の方が、積乱雲の生成・発達や降雨を再現する精度が高いことを示すことを目指します。それにより、蓋然性の推定を可能にする気象モデルの開発に貢献していきます。

お問い合わせ先

兵庫県立大学 社会価値創造機構
TEL: 079-283-4560
E-mail: sangaku(at)hq.u-hyogo.ac.jp  ※(at)を@に変えてください